家賃の値上げを通告されても、その月から金額が決まるわけではありません|借地借家法32条の「相当と認める額」と、あとから付く年一割

この記事で分かること
  • 借地借家法32条1項が「増減を請求できる」と定めている場合と、その要件
  • 協議が調わないあいだに払う「相当と認める額」と、裁判が確定したあとに付く年一割
  • 32条が適用されない2つの場合(増額しない旨の特約と、定期建物賃貸借の借賃改定特約)
  • 訴える前に調停を申し立てなければならない理由(民事調停法24条の2)
家賃の値上げを通告されたとき、「物価が上がっているのだから応じるしかない」「通告された月から新しい家賃になる」と受け取られることがあります。条文を読むと、どちらもそのままの形では書かれていません。
この記事は、借地借家法32条と民事調停法24条の2の条文だけを材料にして、増額請求の手続がどう組まれているかを整理したものです。金額の相場や、個別の事情への当てはめは扱いません。

家賃の値上げは、通告されただけでは金額が確定しません

借地借家法32条2項は、建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは「相当と認める額」の建物の借賃を支払うことをもって足りる、と定めています。つまり借主が増額に同意しないかぎり、通告された月から自動的に新しい家賃へ置き換わる仕組みにはなっていません。
ただし、払わずに済むという話でもありません。同項のただし書は、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に「年一割」の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない、としています。あとから不足分と利息をまとめて負担する可能性は残ります。
※ 条文の引用はすべて e-Gov 法令API v2 より。借地借家法(平成三年法律第九十号・改正公布2022年5月25日/施行2026年5月21日)、民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号・改正公布2023年6月14日/施行2026年5月21日)、民法(改正施行2026年6月24日)。2026年9月26日取得。

借地借家法32条は、どんなときに増減を請求できると定めていますか

32条1項は、建物の借賃が次のいずれかによって「不相当となったとき」は、契約の条件にかかわらず、当事者は将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる、と定めています。
条文が挙げている事情条文の表現
税などの負担が変わった土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により
土地・建物の価格が動いた、その他の経済事情が変動した土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により
近くの似た建物の家賃と比べて釣り合わない近傍同種の建物の借賃に比較して
ここで押さえておきたいのは、条文の要件が「不相当となったとき」であって、上に並んだ事情そのものではないということです。物価や地価が動いたという事実は、家賃が不相当になったことを導くための理由として置かれています。条文の文面からは、経済事情が変動すれば自動的に増額できる、とは読み取れません。
もう一つは「将来に向かって」という限定です。請求より前の期間にさかのぼって増額する形は、32条1項には書かれていません。

「正当な理由」として条文に書かれているのは、この範囲です

値上げの「正当な理由」を探すと、32条1項に挙がっているのは上の表の3つだけです。たとえば大家側の資金事情や、長く値上げをしていなかったという経緯は、条文には現れません。条文を根拠にするかぎり、判断の中心は「いまの家賃が不相当になっているかどうか」に置かれます。
なお32条1項は「契約の条件にかかわらず」と書いています。契約書に増額の手続が書かれていても、増減額を請求する権利そのものは契約の定めに左右されない、という組み方です。

何パーセントまで上げられるという定めはありません

条文には割合の定めがありません。32条1項は「不相当となったとき」と書くだけで、上限も下限も、目安の率も置いていません。「家賃の値上げは何パーセントまでか」という問いに対して、法律から出てくる答えは「条文に率は書かれていない」までです。
金額や率は、近傍同種の建物の借賃といった個別の事情を突き合わせて決まる部分なので、この記事では扱いません。条文が用意しているのは、率の基準ではなく、協議・調停・裁判という手続のほうです。

更新のときでなければ請求できない、という条文にはなっていません

32条1項に「更新」という語は出てきません。増減額の請求ができる場面は、契約の更新時期と結び付けられていません。更新のタイミングでなくても請求は成り立ちますし、逆に更新の時期が来たからといって、それ自体が増額の理由として条文に挙がっているわけでもありません。
更新時に値上げの話が出やすいのは実務上の慣行の面が大きく、条文の要件は上の表の3つと「不相当となったとき」のままです。

増額に応じないとき、いきなり裁判にはなりません

民事調停法24条の2第1項は、借地借家法32条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならない、と定めています。調停前置と呼ばれる仕組みです。
同条2項は、調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、受訴裁判所はその事件を調停に付さなければならない、としています。ただし、受訴裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは、この限りでないという例外が同項に置かれています。
手続の順番は、条文のうえでは「請求 → 協議 → 調停 → 訴訟」です。協議が調わない段階では、借主は32条2項の「相当と認める額」を払うことで足りる一方、確定後に不足があれば年一割の利息が付きます。どちらの側から見ても、調停までの期間の払い方を決めておく必要があります。

32条が適用されない場合が2つあります

条文内容
32条1項ただし書一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う
38条9項38条1項の規定による建物の賃貸借において、借賃の改定に係る特約がある場合には、32条の規定は適用しない
38条9項が効くのは、38条1項の建物の賃貸借、つまり契約の更新がないこととする旨を定めた定期建物賃貸借で、なおかつ借賃の改定に係る特約がある場合です。条件が2つ重なったときの規定なので、期間の定めがある賃貸借全般や、普通の建物賃貸借に当てはめることはできません。
※ 32条1項ただし書が触れているのは「増額しない旨の特約」だけです。減額の側の特約をどう扱うかは条文に書かれていないため、この記事では扱いません。

減額の側も同じ構造で、民法611条とは別の条文です

32条3項は、減額について協議が調わないときは、請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは「相当と認める額」の建物の借賃の支払を請求することができる、としています。確定した結果、既に支払を受けた額が正当とされた額を超えるときは、超過額に「年一割」の割合による受領の時からの利息を付して返還しなければなりません。増額側と向きが逆になっただけで、組み方は同じです。
これとは別に、民法611条1項があります。賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料はその使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて「減額される」という条文です。
見るところ借地借家法32条3項民法611条1項
きっかけ経済事情の変動などで借賃が不相当になったこと賃借物の一部が使用・収益できなくなったこと
効き方減額を請求する割合に応じて減額される
協議が調わないとき裁判確定まで「相当と認める額」条文に同様の定めはない
設備が壊れて使えなくなった場合の減額は611条の側の話です。実際の線引きは賃貸の給湯器が壊れたら賃料は「当然に」減額されるで扱っています。賃貸借契約そのものの改正点は民法改正が不動産投資に与える影響、設備の交換費用をどちらが負担するかは賃貸のトイレ交換費用は誰が負担?にまとめてあります。

貸す側から見ると、32条は「請求はできるが、確定までは時間がかかる」条文です

条文を貸す側から読み直すと、増額を請求する権利は契約の条件にかかわらず認められている一方で、協議が調わなければ調停を経る必要があり、確定までのあいだ借主は「相当と認める額」を払えば足ります。確定後に不足額と年一割の利息を回収できる建て付けにはなっていますが、手元に入る家賃がすぐ変わるわけではありません。
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よくある質問

値上げを通告されたら、その月から新しい家賃を払わなければなりませんか

増額について協議が調わないあいだは、借地借家法32条2項により、増額を正当とする裁判が確定するまで「相当と認める額」を払うことで足ります。ただし裁判が確定して既に支払った額に不足があれば、その不足額に「年一割」の割合による支払期後の利息を付して払う必要があります。同意しないまま低い額を払い続ける場合は、この負担が残ることになります。

家賃の値上げに上限はありますか

条文に割合の定めはありません。32条1項は借賃が「不相当となったとき」に増減を請求できるとするだけで、率の上限や目安を置いていません。したがって「何パーセントまで」という基準を条文から導くことはできません。

値上げを拒んだら、すぐ裁判になりますか

民事調停法24条の2第1項により、32条の増減請求に関する事件で訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければなりません。申立てをせずに訴えた場合も、受訴裁判所はその事件を調停に付さなければならないと同条2項が定めています。ただし、受訴裁判所が調停に付することを適当でないと認めるときは、この限りではありません。

契約書に家賃の改定について書いてあれば、32条は使えなくなりますか

一律にそうなるわけではありません。32条1項は「契約の条件にかかわらず」請求できるとしており、そのうえで同項ただし書が、一定の期間増額しない旨の特約があるときはその定めに従うとしています。また38条9項は、契約の更新がないこととする旨を定めた定期建物賃貸借で、かつ借賃の改定に係る特約がある場合に32条を適用しないとしています。どちらに当たるかは契約の種類と特約の内容によります。

契約の更新時でなければ値上げされませんか

32条1項に「更新」という語はありません。増減額の請求ができる場面は更新時期と結び付けられていないため、更新のタイミング以外でも請求は成り立ちます。逆に、更新の時期であること自体が条文の要件に挙がっているわけでもありません。

まとめ

借地借家法32条は、借賃が不相当になったときに当事者が将来に向かって増減を請求できるとしたうえで、協議が調わないあいだの払い方(「相当と認める額」)と、確定後の精算(不足額・超過額に「年一割」の利息)を組みで定めています。訴訟の前に調停を経る点は民事調停法24条の2が定めており、増額しない旨の特約と、定期建物賃貸借の借賃改定特約という2つの適用除外があります。
条文から言えるのはこの範囲までです。実際の金額が相当かどうかは個別の事情で決まります。
※ 本記事は法令の条文を整理した情報提供を目的としたものであり、個別の事案についての法的助言ではありません。また特定の物件・金融商品・投資手法を推奨するものではありません。条文は2026年9月26日時点のものです。個別の契約や紛争の対応については、弁護士等の専門家にご確認ください。不動産投資には空室・金利上昇・価格下落などのリスクがあり、元本が保証されるものではありません。